2010年05月25日

5月25日号

鞄、時計、靴、食器、絵画、駄菓子、、、等々。みんなそうまでして続けなきゃいけないのかなぁ。書店なんて名前一旦やめて雑貨屋を新たに始めたほうが潔くないか。言葉は良くないかもしれないけど、その延命策はどうなんだろう。


しっかし、ことごとく正社員を排除されてる感あるよなー。何処の書店行っても、老舗巨大書店でさえもバイトばっかりだなぁ。バイトがダメということではなくて、上と同じで、そうまでして切り詰めながらやらなくちゃいけないことなのかなとふと思ったりする。


そりゃまぁ、売上前年比で90%を2年連続でやれば81%になるわけで、本屋の粗利としてはものの見事に吹き飛んでしまいますわな。


いなくなってしまった書店員は何処で何をしているのだろう?


中古本、あっちもこっちもやり始めるなら今後は並べ方や平台の作り方で差別化していくことになるかもしれん。中古本業界は経験と知識のある職人型・元書店員を大量採用してみたらどうだろう。


フリーアナウンサーという職業?があって各局の番組に出てるけど、フリー書店員という職業で各書店を契約で廻るというのはどうなのか。ってそれは営業代行さんとは違うのかって? 注文を取る方ではなくて、棚をいじる方。あちこちの書店から棚(と勿論売上)を委託される会社。フリー書店員集団。感覚としては地図系版元に近いか。って、地図系の人たちも来る頻度まちがいなく落ちてる。


一般の書店がガッツリと古本扱う方向に向かってる。例の株の話だか提携の話だかはどうなったのか知らないし、1億円払うとかいう話もどうなったのか知らないけど、電子云々の前に、作家にお金が入るシステムになってないことをガッツリ進めちゃって良いんですかね?


作家や版元が電子に行ってしまうなら、こっちは今あるものをぐるぐる回させてもらいますわ、ってこと?


コンビニがばったばったと消えていく。全然コンビニエンスな存在じゃなくなっていく。と思ったらローソン100が入ってく。元ファミマにローソン100、元セブンにローソン100。攻めるなー。コンビニに雑誌はあるけど、ローソン100には無い。中古本業者はローソン100さんにお話しの余地アリじゃない?


もう5月末だから四季報春号の平台展開は終わってもいいんじゃないかと他店舗見学で思う。あ、四季報は19文字×9行の全171文字。140文字から少しはみ出てますね。惜しい。


で、1人で2店舗見るとかって、移動時間が勿体無いよなー。時間的に効率悪いし、明らかに注力できるエネルギーが分散してるから上がらないよね。上がっても限界がある。


漂流してるだけ、と以前書いたけれど、他の島を望遠鏡で探してみるか。もうこの海には島なんてないyo! 発見してくれるヘリが来るのを待てども待てども現れず餓死!


オンライン書店のつくりは密林をモデルにしてるんだろうけど、どこも見にくいなぁ。ごちゃごちゃしすぎじゃないか、シンプルな方向性のやつないかな。


検索主体なのはわかるんだけど、とりあえずリアル書店を忠実に再現したタイプのサイトがあればとっつきやすいんじゃないかと思うんだけど。どうして誰もやらないんだろ。1階雑誌売場、2階書籍、3階文庫と新書、4階コミックみたいな感じ。


密林の左カラムにあるジャンル分けなんて細かすぎるんじゃないかな。


高価な書籍は高田さんにテレビで喋ってもらうと売れるかも。


ネット書店に抵抗があっても(使いこなせない?)、電話ならいけるかも、ということで、再春館製薬みたいなコールセンター主体の書店というのはどうだろうか。


食事とか映画とかライブみたいなもんで、1回読む金額として支払っているので、読んだらおしまい主義。また読みたくなったらまた買う。美味しかったからまた食べるみたいな感覚。難解な本でもないし、絶版になるような本でもないので、書店か図書館に行けばあるので。だから置き場所が無いこともないし、自分で電子化することもないなぁ。


3月に出た、指南役の『情報は集めるな!』(マガジンハウス)は自分が当ブログで時々書いてきたことや自分の考えがきれいにまとまってた。俺はそう思わないんだけど、的な部分がなく、本当にいま自分が思ってる通りのことが書いてあった。オススメ。これ1冊あればエントリ書く必要ないわー。


内容も良かったんだけど、いろいろこの本はすごいと思った。目次での「見出し+4行まとめ」、章ごとの「図入り1ページまとめ」、このへんのテクニック。


ちなみに指南役 → 指南役 (cynanyc) on Twitter
このアカウント、かっこいいですねー。


立ち読みしてた女子の会話。「”トゥ”って言うのやめない?、間違ってないけど、なんか気持ち悪いっていうか、背中ぞぞぞってくる。”ツ”でいいじゃん」。確かに。


もしドラならぬ、もし中。中はもちろん中谷氏。


「3名様」新刊だ! 小学館じゃないけど、これどこで連載してたんだろう。いいなぁ、ミッキーみたいになりたいわー。


昔はデザインがかっこいいと思ってたけど、普段手にするものはもっと気楽に付き合いたいと思う。ほとんどみんなカバーケースつけるぐらいなんだから。横井氏の目の前でわざと落として耐久性を試した、ってのは山内氏のすごいところ。


電車で通勤。駅までは徒歩。会社で仕事。帰宅して野球TV観戦。見てないなら消すよと奥さんに言われたり子どもにチャンネルかえられたりする。ビール飲んで風呂に入る。昔はぼけーーっとする時間が多かったと思う。一方現代。車で通勤、あるいは電車内でケータイかゲーム。会社でPC、残業で帰宅できず。帰宅したらネットサーフィン、録画した番組。風呂の中でも電子機器。こうしてみると、何かじっくり考える時間がなくなってるような気がする。デジタル機器で情報交換やブレインストーミングができる人はよいけれど、私も含め多くの人はそうではなく時間に追われるだけ系。インプットともアウトプットとも違うその中間。この、ぼけーーっとする時間がないと「ひらめき」ってのは出てこないんじゃないかと思ったり。ベートーベンの散歩とか、ニュートンがリンゴ見たときとか、アルキメデスが風呂に入ってたのとか。


残業しないで帰る技術とか残業させない会社とかあるけど、何もしないでぼけーーっとさせる会社とか、昼休みに散歩する会社とか、瞑想する技術とか、禅の技術(?)とか、そっち方向に行きそうな気が個人的にはしなくもない。インプットされる情報量は多くなってるのだから、あとはそれをうまく発酵できれば、ひらめきが増えて、日本経済が良くなる方向にいきませんかね。


とか言いながら、だらだら書いてるんじゃダメですね。




posted by 150turbo | 2010年05月25日 20時29分 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - 5月25日号 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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